森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

相方に、話した日。

相方とは、本当に付き合いが長いです。15年。
自分が就職した先の上司でした。
やたらと真面目で、黙々と作業をする人で、無駄話はあんまりしない、「仕事しやすい人」でした。


自分も、黙々と仕事をする方だったし、力仕事も家の環境のせいか、得意だったので、率先してやっていました。
当時の相方は自分の事を、「変な人だなぁ」と思っていたんだそうです。
「変わってて、面白そうだなぁ」と。←



基本、愚痴を言わない人なので(男の愚痴はあんまり好きではない)、よく、音楽の話で盛り上がってましたね。まさしく、自分の理想というか。
酒を呑みながら、メタルバンドの話ばっかしてたなぁ。
まぁ、今もですけどね。酒は呑まなくなっただけで、基本スタンスはあんまり変わってないかな。




そんな相方なので、いざ、打ち明けた時も、「そんな気はしてた」と言ってくれました。
「でもね、それを認めるわけにはいかないよ。」とも。
その時は、子供も居たので、当然ですよね。
事ある毎に、「母親になったんだから、もういいじゃない」
と、言われてしまいました。


でも必死に話し合いを重ねました。
「頼むから認めてくれ」と、懇願しました。
「離婚したくないから、ちゃんと向き合って欲しい」と。



理解されなければ、子供を連れて家を出る覚悟でした。
本来なら、逆なんでしょうか、これは。
「理解はするけど、自分は自分で在れば良いじゃないか」
と、何度も言われました。


確かにそうかも知れない。
ただの我が儘だとも、承知の上です。
別に女で生きたくないとか、そんな話ではないんです。
違うんです。



「相方と親友になりたいから、自分の事を、相方に認めてもらいたい」んです。「認めてもらわなければ、嘘になってしまう」
「相方との関係を、夫婦ごっこで終わらせたくない。」
「真剣だからこそ、ちゃんとした形で向き合いたい。」




対外的な形など、どうでも良い。
「夫婦」と周りに扱われても良い。
相方が嫌だと言うなら、離れても仕方がない。


始めは、頑なに認めようとしなかった相方。
当然ですよね、「変なヤツではあるけど女性だ」と思っていた相手が、そんな事に必死に食い付いてくるんですから。
相方にとっては、「性自認」など、気にもした事がない事ですし、何より、「性同一性障害」など、知りもしなかった。



なので、二人で、それについて調べたりしました。
「男性脳女性脳テスト」や、「ホルモンと薬指の長さ」とか、色々、相方なりに、調べてくれました。



結果は、お察しかも知れませんが、全て「男性」でした。
「性同一性診断」も、「早急に診療される事をお薦めします」となるし、相方も困ったかも知れません。
というか、その診断が出る度に、落ち込むのは自分でした。
「やっぱり「女らしくない」と言われてたのに、女だと信じていたのに、やっぱり此処でも否定されるのか。」


「自己」が、襲ってくるみたいな感覚です。




意味不明ですよね。
「認めてもらいたい」と言いながら、「男」だと言われると、打ちのめされるという。矛盾。です、本当に。



「男な筈はない。そんなわけあるか。」
と、捩じ伏せてきた報いかとも、思いました。



そこからは、更に話し合いを重ねました。
本当に真剣に、親友として一緒に居たいから、どうするべきなのかを、模索しました。
相方としては、「確かに女性として見れなかった部分もあるから、納得は出来たけど、離婚はしたくない。」


「人間としてみれば、面白い人だから。確かにもう、男性として見れる部分の方が多いかも知れないし。」
「あとはやっぱり、一緒に居て、話ながら決めるよ。」


と、一応は認めてくれました。
娘はその当時八歳だったのですが、話した時に、
「ママはね、ママっていう人間だから良いよ。」と、言ってくれました。
「他所のお母さんと違うとか、もしかしたら友達に言われるかも知れないけど、もし言われたら、、」と話している途中で、
「大丈夫!ママしか嫌だもん!他所のお母さん怖い人多くて嫌だけど、ママは優しいから、ママがいいの!」


「女らしくない」のに。
ちゃんと乳すらまともに出なかったのに。
子供はこんな自分でも、ちゃんと見ていてくれました。



まだ、本当には理解はしていないでしょうから、ゆっくりゆっくり、話していこうとは思います。




今では相方も、認めてくれています。
「名前とか考えた方がいいかなぁ」と言うので、「別にそれは何でもいいよ。」と返すと、娘と二人で何やら名前を考えてくれてました。
完全に遊ばれてる気がするのは、自分だけかな。←





だからといって、「母親」をやめるつもりはないです。
子供には、死ぬまで母親を貫きたいです。
やっと、自分を、認めてやる事が出来そうです。


「自分のままで良いのだ。」
「しっかり自分を認識しながら、ちゃんと役割を全うしたい。」
「役立たずのまま、終わりたくない。」



目指すは、「いかりやの母ちゃん」です。
自分が目指せそうなのは、多分、あの人かなぁ。←
娘には、笑ってもらえています、今のところは。




また次回。

ああなんかホッとした。


やっぱり凄い人だ。本当に感服した。
誰よりも真剣に、誰よりもフラットに、自分を判断してくれる人に出逢えたと、勝手に思う。



自分が、本当に尊敬出来る人に、「アナタはアナタで良い」と言われた事で、本当に救われた気がする。
今まで出会った友達からも、彼女からも、野郎からも、
「男かな」「女では、、ないかな」「いや女だよ」「まあ、どっちでも良いんじゃね?」からの、
「まあ、アナタはアナタで良いじゃない」


なんて軽く言われてしまう事が、何より苦痛だったかも知れない。



「悩んだ事のない人」から言われてるんだから、当然ではあるんだろうけど、その度に、やっぱり傷付いてたなぁ。
「言葉の重みが違う」という事を実感出来た。


何だろう、本当に安心出来たんだよ。






その上で、自分を省みると、また見えてくるものがある。




昔から考えてきた事だから、自分の中の症状を必死に探そうとしていた時期もある。
正直どれも当てはまるし、どれも違っていて、よく解らなかったけど。
元来精神科医というのが苦手だったから、カウンセリングは受けようとは思わなかったし。
欲しいのは、診断書ではなかったんだ。



ただ、「そのままで良いのだ」と、認めてもらいたかった。
自分が認めた、尊敬出来る人に話がしたかった。
彼女は、好奇の目では見ない。
だが、同情も同調も、決してしない。


「あくまで、ただそのままを見てくれる」のだ。




有り難かった。
漸く、「これで良かった。」と思えた。
今までは、「宙ぶらりんな性自認」のまま、とりあえずこの身体を、引きずって生きるしかないと思っていたから。
野郎とは親友になれず、惚れた女を抱いてもやれない。



ならばせめて、「コイツと親友になりたい」と思えた相方との子供を産む事なら、自分にも出来るだろう、と。
いざ授かってみると、驚く程に愛しかった。


「頑張ろう、女になろう。」と思った。
何故か、母乳は出なかった。
悔しくて、どうしていいか解らなかった。




「ここへきて、まだ男が邪魔をするのか」と思った。
「まだ役立たずだと言うのかよ。」
「もうちゃんと生きたいのに、何で赦してくれない?」
自己意識の在り方に、本当に振り回されていたんだろな。



出来る限りの事はやった。
乳が出ないならこんなモノ本当に要らないと思った。
ミルクで良いよ、という言葉が、
「あなたは男のくせに子供を産んだのだから、仕方ないよ」
とでも言われているみたいで、悔しかった。



どうすりゃ良かったんだ。



でも、我が子のおかげで、自分を保っている事は出来た。
子供の力って凄まじいんだ。色々発見する度に、もっと色々してやりたいと、思ったんだ。
もうあっという間に10年経ってしまったけど、性自認は相変わらず宙ぶらりんのままで。




でも、相方や娘にも、今は理解してもらえている。
相方には、「弟」、娘には「ママという生き物」←と。
周りのママさん達には、「真面目な人見知り」。



それで、充分だと、本当に思う。
そして、尊敬している方に、「アナタで良い」と言ってもらえたのだから、本当に幸せ者だ。
頑張って、生きていこうと思った、本当に。




本当にホッとした。しました。
明日からも、しっかりと頑張ろう。



また次回。

多様性。


「多様性」の意味を完全に履き違えていた気がする。
「実社会における多様性」の話ではなかったのか。



「インターネットにおける多様性という概念」は、正直、まるで無かった自分がいます。




「人それぞれ、色んな考えや生き方があって良い。」
「しかしその上で、自分の発言がどう捉えられるかは、相手の自由であるが故に、『伝える側がしっかりと説明しなければ、誤解を招く恐れもある。』という事を踏まえて発言しなければならない。」


と、思っていました。今までは。
傲慢に聞こえるかも知れませんが、
「それ以外の選択肢などない。」とまで思っていました。




相方にはよく、『柔軟性が必要な時もあるよ。そんなにストイックに考え過ぎると、何も見えなくなってしまうよ。』
と、よく注意されるのですが、正直解らなかったんです。
父親の教えの一つに、


「自分で説明出来ないことは、言ったり、やってはいけない」


というのがあったからなのかな。
曖昧さを嫌うのは、父親のプライド?だったのかな。
とにかく、「何となく」とか「理由は特に無いけど」とか、
「説明出来ないけど、こんな感じ」とかは、
絶対に許さないという人でした。




しかし今回の件で、「必ずしもそうではないのだな」と、改めて学ばせてもらえた気がします。
まだ漠然とした理解しか出来ていないのは否めませんが、実際に、「そうであっても、良いのかな」と、思う事は出来そうです。
なかなか、父親の教えが抜けないので、時間はかかるとは思いますが、徐々に頭を軟らかく考える事が出来れば良いのかな。




やっぱり、尊敬しています。
自分の知らない概念を、たくさん知ることが出来て、有り難いです。だから、色々な方々のブログを読みたいと思えるんですよね。


ネットは不慣れですが、でも、閉じたくはないです。
一から、何でも一から勉強しなければ。




「自分がどう発言するかは、自分の自由。」
「相手がどう発言するかも、相手の自由。」


「それぞれが、どう捉えるかは、それぞれの自由。」



これが大前提、なんですね。
勉強させてもらえて、感謝です。ネットが無ければ、知らなかった事が、たくさんあったのも事実なので。




明日娘にも、話してみようかな。
「とっくに知ってるよー」なんて言われそうで怖いけど←





また次回。