森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

ああなんかホッとした。


やっぱり凄い人だ。本当に感服した。
誰よりも真剣に、誰よりもフラットに、自分を判断してくれる人に出逢えたと、勝手に思う。



自分が、本当に尊敬出来る人に、「アナタはアナタで良い」と言われた事で、本当に救われた気がする。
今まで出会った友達からも、彼女からも、野郎からも、
「男かな」「女では、、ないかな」「いや女だよ」「まあ、どっちでも良いんじゃね?」からの、
「まあ、アナタはアナタで良いじゃない」


なんて軽く言われてしまう事が、何より苦痛だったかも知れない。



「悩んだ事のない人」から言われてるんだから、当然ではあるんだろうけど、その度に、やっぱり傷付いてたなぁ。
「言葉の重みが違う」という事を実感出来た。


何だろう、本当に安心出来たんだよ。






その上で、自分を省みると、また見えてくるものがある。




昔から考えてきた事だから、自分の中の症状を必死に探そうとしていた時期もある。
正直どれも当てはまるし、どれも違っていて、よく解らなかったけど。
元来精神科医というのが苦手だったから、カウンセリングは受けようとは思わなかったし。
欲しいのは、診断書ではなかったんだ。



ただ、「そのままで良いのだ」と、認めてもらいたかった。
自分が認めた、尊敬出来る人に話がしたかった。
彼女は、好奇の目では見ない。
だが、同情も同調も、決してしない。


「あくまで、ただそのままを見てくれる」のだ。




有り難かった。
漸く、「これで良かった。」と思えた。
今までは、「宙ぶらりんな性自認」のまま、とりあえずこの身体を、引きずって生きるしかないと思っていたから。
野郎とは親友になれず、惚れた女を抱いてもやれない。



ならばせめて、「コイツと親友になりたい」と思えた相方との子供を産む事なら、自分にも出来るだろう、と。
いざ授かってみると、驚く程に愛しかった。


「頑張ろう、女になろう。」と思った。
何故か、母乳は出なかった。
悔しくて、どうしていいか解らなかった。




「ここへきて、まだ男が邪魔をするのか」と思った。
「まだ役立たずだと言うのかよ。」
「もうちゃんと生きたいのに、何で赦してくれない?」
自己意識の在り方に、本当に振り回されていたんだろな。



出来る限りの事はやった。
乳が出ないならこんなモノ本当に要らないと思った。
ミルクで良いよ、という言葉が、
「あなたは男のくせに子供を産んだのだから、仕方ないよ」
とでも言われているみたいで、悔しかった。



どうすりゃ良かったんだ。



でも、我が子のおかげで、自分を保っている事は出来た。
子供の力って凄まじいんだ。色々発見する度に、もっと色々してやりたいと、思ったんだ。
もうあっという間に10年経ってしまったけど、性自認は相変わらず宙ぶらりんのままで。




でも、相方や娘にも、今は理解してもらえている。
相方には、「弟」、娘には「ママという生き物」←と。
周りのママさん達には、「真面目な人見知り」。



それで、充分だと、本当に思う。
そして、尊敬している方に、「アナタで良い」と言ってもらえたのだから、本当に幸せ者だ。
頑張って、生きていこうと思った、本当に。




本当にホッとした。しました。
明日からも、しっかりと頑張ろう。



また次回。