森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

「らしさ」とは。


昔、『承認欲求』の意味をね、履き違えていたんだよね。
「自分の存在を、誰かに認めてもらいたい!」っていう欲求の事なんだ、と思ってた。
だから皆、嫌々でも「何かのコミュニティ」に属して、その中で「自分を売り物」にして、「認めてもらえる人」をさがしているんだろうなぁ、って。


でも、どうやら違ってたみたいでね。


「その人は結局、その人本人でしか認める事は出来ない。その人そのものをいくら切り売りしたところで、周りはそれを認められない」
「真の『承認欲求』とは、『その人がどういう「行動」を取ったか、という事を周りに認めてもらおうとする欲求』なのだ」と。


それが、『承認欲求』なんだなぁ、ってね。


意味合いが若干違うだけなんだけど、これを履き違えていると、「依存」に傾いていってしまうんだよね。
『相手の存在が無ければ、自分が存在出来ない』って事になってしまうから。



『相手の存在があるから、自分らしく頑張れる』。
『相手を思う事で、自分の行動意欲に繋がれる』。


『そんな自分の取る「行動」を、認めてもらう事で、「らしさ」が作られる』のかなぁ、と。
『行動ありき』ってヤツだよね。



『らしさ』。


今日、相方と話してたんだけれど、
「男らしさとか女らしさって、やっぱりその集団に属しているうちに、自然と身についていくものであって、敢えて『らしく
振る舞おう』とすると、不自然になっていくのかなぁ」と。


俺が昔、『男女どちらかに「なろう」とした時』に、「却って不自然になってしまった」のはソレなんじゃないか、って。


確かに「女の子の集団」から排除された子供時代だったし、「男の子の集団」と居る方が楽しかったから、自然と「らしさ」が身について、余計に「目立ってしまった」のかなぁ。
『悪目立ち』ってヤツか。←



成る程ね。
だから俺の場合は、「性同一性障害ではない」のか。
「おぉー。確かになぁ」って、思った。
『だから敢えて、「女になってくれよこのアタマ!」なんて思ってた』って事なんだねぇ。


「男らしさが育ってしまった女」、なのか。
その解釈、何だか腑に落ちた気がする。


その後、『やっぱ「母親」かぁ~!』って(笑)
凄いよな、「母親が居ない」ってだけで。
だから「俺には姉貴が必要」なんだろうね、って。


『母親であり、姉であり、女である』存在。
自分の中に「欠落しているモノを補ってくれる」。
彼女に諭され、包まれて、窘められたり、教えてもらったり。
そして、その存在を無くさないように、「自分を律していける」。


何より、俺がこうして色んな小難しい戯れ言を話しても、彼女はいつだって、『笑い飛ばして』くれるんだ。
だからこんなに、今、落ち着いていられるんだよなぁ、って。



相方は、やっぱり「張り合ってくる好敵手」みたいになってしまって、最終的には「どちらかが折れるカタチ」で話が終わるんだけど、その最中でも姉貴の一言で、全部笑いに変えてしまえるんだよなぁ。
不思議。
「女の強さ」、俺にもある筈なんだけどなぁ、、?(笑)



日々、勉強。
でもだからといって、この「らしさ」を、「無かった事」には出来ないのも事実。
細かい事に拘るのも、自分の「個性」。
相変わらず『言葉』に囚われてしまうのも、「自分らしさ」。



『自分研究』が、趣味のネクラですなぁ。←




さて、明日はガッコの行事!
我が娘を、応援しに行くぞー。



また次回。