森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

ビックリ。

音楽聴きながら、のほほんと何かを書こうと思ってたけれども、やっぱりコッチを書いてからにしよう。
のほほんは明日にとっておこうそうしよう。



今日見たニュースなんだけど、「小学校教師が、新年度に別の学校に赴任する際、前の学校の年度末の確認の採点済みテストを児童達に返し忘れたから、祖父母の家で焼却処分した」って!


普通に考えても、「え?嘘だろぃ?」ってなりますやん。
「何やってくれちゃってんの案件」ですよね。


学校から帰って来た娘とも、その話題になり、
「昔にね、年賀状を配布する担当の郵便屋さんが、あまりのハガキの多さで捌き切れずに、川に捨てた、っていうニュースを思い出したよ。」と話しました。


娘は、「え!?何で捨てるの?何で燃やすの?ハガキもテストも、貰えなかった人はどうなっちゃったの?酷い!」っていう反応。
コレが一般的だと、自分的には思っています。



なので、「捌けなかった時点で、返すのを忘れた事に気付いた時点でそれぞれ、上司とか、前の学校の先生に電話なりして、対応していれば、防げた事なんだよね。」と話しました。


後々発覚した際、「信用」を失ってしまう。
遅くなっても何でも、「誠実な対応」さえしていれば、自分の落ち度もしっかり認識出来るし、次に繋ぐ事が出来るんじゃないかな、と。
もしかしたらフォローしてもらえるかも知れないし、そんな「悪さした子供がすぐバレる嘘つく」みたいな真似しなくても、済むと思うんですよね。


想像しなかったんでしょうか。
すぐバレるだろう事は容易に解りそうなモノですけどね。




我が家は、娘も相方も、「忘れっぽい」んですね。
ちょっとした事から、「え、コレ何で忘れてられるの?」って事まで、まぁ色々キリがない。←
二人ともに共通して、「嫌な事や、やりたくない事は先延ばしにする」という癖がありまして。


彼らの長所でもある「まぁいっか精神」。
『長所はひっくり返せば短所になる、逆もまた然り』ですね。
散々振り回されておりますが、自分が神経質なところが、逆に彼らに窮屈な思いをさせてしまう事もあるので、お互い様ですが。


自分の父親には、よくこう言われていました。


「失敗する事みたい気にしてたら何にも出来へんねん。
ええか、『穴埋め』やで。自分が失敗したら、落ち込む前に「その代わりにどうするか」を一生懸命考えろよ。失敗したままトンズラこいたり、流してしもたらアカン。」


人と交わした約束を破ったとしたら、しっかり謝って、次「守れそうな約束」を提示して、それを守る。とか、些細な事ほどそれをやれ、と教わりました。
「デカい仕事やなんかはな、最初っから『失敗せんように考えてやる』やろ?せやけどな、細かい事は「ごめん」の一言で済ませようとしよる奴らが多いねん。」


「アカンで。細かい事ほど、ちゃんとやらんヤツは、デカい仕事しても何かしら失敗しよんねん。」


、、、なんて話を娘として、娘も納得してくれています。
なので娘は、「忘れっぽいと自覚して、忘れてはいけないモノや事を、紙に書いて机に貼る」ようになりました。
ただ、その紙を「確認するのを忘れる」という時もありますが、まだ小学生なのでそれはアリです。(笑)
でもこの習慣があるのと無いのとでは全然違います。


ちなみに自分も「書いておく」タイプなので、自分が書いてる姿を見ると、娘は「あ!私も書かなきゃ!」と言うようになりました。決して強制はしませんが、納得してもらえるように話はしているつもりです。
忘れる事も、減ってきているので、良かった。




問題は相方です。←


こっから「タイトル」です。(笑)前置き長過ぎてスミマセン。


今回のニュースの話を、夕食時にしていたのですが、何と相方は、「燃やしても別に良いんじゃない?自分でも多分そうするけどなぁ。」と、まさかの「教師擁護発言」!
娘と二人で、ビックリ。


理由としては、
「もう別の小学校に赴任したんだし、わざわざ返さなくても特に誰も気にしてないでしょう。」
だって!


「それは誰の判断?」「教師。」
「もしかしたら、年度末のテスト結果でお小遣いアップとか言われてめっちゃ頑張った子も居るかも知れんだろ?そうじゃなくても、児童が書いたテストは児童に返すのが義務じゃないのか?」「そうかなぁ、、でもたかが小学校のテストくらい別に良いんじゃないかなぁ?」
「いやだから何でそれを「雇われ教師」の立場で勝手に決めてんねん、て話やろ。」「えぇー、、?そんなに悪い事なのかなぁ?」


それを傍で聞いていた娘はぶすくれ顔。←
「お父さんがもし、私の先生やったらキライになる。」
とまで言い放ちました。まぁ当然ですわな。
想像力が足らなかったくらいの話じゃないぞ。



「子供の気持ち」より「自分の失敗を認めたくない」と考える人間が、少なくとも「二人」は居るって事ですよね。
きっと、もっとたくさん居るんでしょうな。
残念です。相方アレでも『将来の夢は先生』だったらしいですが、なれなくて正解だったと失礼ながら思いました。


多分ね、「子供の上に立ってドヤるだけの先生」になりますね、相方が先生なんかになったら。
娘の学年にも、一人そういう先生が居ますし。


『先生だから偉いんだよ、黙って従わなければ、、解ってるやろうな!』みたいなタイプ。
中学生の時よく対立したこのタイプ(笑)
成績下げられたけど、父親に話したら笑い飛ばしてくれました。お咎めナシにしてくれました。←


「どんどん質問したったらええねん、そういうヤツは」って。
先生にとっては不快極まりなかったと思います。←
でも『道理でない抑圧的な態度を、先生がして良いという決まりなんて何処にも書いてない』ですもんね(笑)




さて。ダラダラ書いちゃいましたが、とりあえず。
「自分とは違う考えの人と話すと、楽しいし色々ビックリするし、発見もたくさんあるんだなぁ。」と思った出来事でした。




相方はさぞかし、甘やかされて育ったんでしょうなぁ。
ごめんね、そんな考えにしかならない育ち方なら、羨ましいとすら、微塵も思わないや。←
大学、何しに行ってたんじゃ、阿呆が。




また次回。