森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

モヤモヤするのは、、。

いつものように娘と遊びながら笑いながら、平凡な日常に些細な幸せを噛み締めていたら、あるニュースで一気に撃沈。
あの手のニュースはもう見たくないし聞きたくもない。


感情が暴発しちゃったよ久々に。




娘や相方、そして相方の母親は、よく「波乱万丈系のバラエティ番組」や「こんな所に日本人」的な、『苦労した人々の話』を『テレビ画面で』見るのが大好きな人達です。
相方の母親は何なら「障害を持つ子供を支える親」的な番組をよく録画して、コチラが実家に行った際に嬉々として見せたがります。
(相方は「嬉々としてではない!」と否定しますが、やたらとその手の番組を見せようとする根拠は?)


自分は、極力そういった番組を避けます。
何なら別の部屋で音楽聴いてたりしてます。
嫌なんですよね、番組にもよるんでしょうが、「これだけの苦労を重ねた、お涙ちょうだいヒストリー」に仕立て上げられた内容を見るのが。
それを見て、一体「何を得る」つもりなんでしょう。


相方に訊いてみたらば、「非日常、、かな。あとは、疑似体験とか?」という答えが返ってきて、何故だか愕然とした記憶があります。ショックというか、怒り、、ではないかな、何かね、『モヤモヤ』した感覚。



比較対象が相方くらいしか居ないのでアレですが、ヤツは近所で火事や事故があると、それこそ「嬉々として」見に行ったりする阿呆(自分的見解で失礼ですが)です。


でも、多分それが「正常」なんでしょうね。


彼らには、『自分が直接原因のない、理不尽な状況に追いやられた経験がない』んです。要するに「平和」だったんでしょう。というか、それが普通ですもんね。
なので、自分の様な環境で育った人間というのは、


『あ~、可哀想に。でも僕はそうじゃなくて良かった。』


という「下層に位置する存在」として認識されてしまうんですよね。ナチュラルに見下される対象になるんです。
『家庭環境の優劣』で、『その人に対する見方』まで決めつけられてしまうんですよね。
ある意味、人間誰しもそういう側面はあるのかも知れない。


だから長い時間かけて、『対等』になろうと努力を重ねてきたんですけどねコチラは。
今度は相方にとって、『下層に位置する筈なのに、劣等感を感じる存在』になってしまって、ややこしくなってます。←


一生懸命頑張ったのに、何でだろ。
見下されてた時の方がまだ、『対等』に話が出来ていた気がするよ姉貴!(笑)なぁ、何でだ教えてくれ!



さて。それを踏まえて例のニュース。


見たくて見たワケじゃなかったのに、脳裏にこびりついて離れてくれないんだよ、あのノートの言葉が。
何で五歳の子供にあんな言葉書かせる程に追い詰めるんだよ、神経どうなってんだよ。


あの子供はそれでもきっと、『何も憎めなかった』よ。
絶対者である親が、どんな人間であろうが、子供からしたら、『大事な親』なんだよ。
『愛して欲しい存在』なんだよ。
『その人達に笑って欲しい』んだよ。


『きっと自分がちゃんとしないからだ』ってさ。
何で、『たった5年しか生きてない人間』がそんな事考えなきゃならないんだよ。
小さい身体で、『守られなきゃいけない立場』なのに、必死に『親の笑顔を守ろう』としてたんだろう、、?


何だコレ。
その両親を、自分が悪く言うのはお門違いだし、その子供からしたら『親を悪く言わないで』って言われそうだけど。
でも、ごめん。


何だコイツら。


そのノートの内容がタイトルにあって、見た瞬間、感情が暴発してしまったじゃないかよ。
相方も見てたらしいけど、「もっと酷い事件とかも、ゴロゴロあるんだろうねぇ」くらいしか思わなかったって。


「とりあえず貴方がこんなんじゃなくて良かった。」って。


何ソレ、お前が言うの?
性交渉したいが為だけに甘えてきたお前が言うのか?
あの両親共と、何が違うのよ?


『片親育ちは、ロクな子育てしない』とでも?(笑)
まぁそう思いたいなら別に思ってりゃ良いけども。


娘の態度に如実に表れてるしね。
その内吠え面かく羽目になるんだろうなぁ、残念だよ。
何回も何回も、忠告したのに、、。


仕方ない。


挙げ句「ハンニバルのヒューダンシーだね、貴方は(笑)」だと。

自分はマッツミケルセン気取りですかそうですか。


アビゲイルに嫌われれば良いよお前は。←




とりあえず自分は、このモヤモヤの正体を突き止める!←
過去の投影なのか、それとも、ただ単なる義憤なのか。
もっと違う理由があるのかどうか。


姉貴は、ただ一言だけ、教えてくれた。



『貴方が泣くとね、あの子供の人生は途端に「可哀想な人生」になるのよ。それは一生懸命生きたその子供に失礼だわ。』



勉強に、なりました。
スミマセン、若輩者です、、。




気を取り直して、また次回。