森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

『何がしたいの?』


ひたすらに、自問自答を繰り返す、けど。
結局は「平穏無事である」事に感謝して終わる。
そうねきっと、本当に些細な事がとてもたくさんで、
それらを引っ括めて「シアワセ」に変わるんだ。


「何も変わらない景色」が、今はこんなにも尊い。


昔は、目まぐるしく変わる環境や周囲の人間達を、
把握し、判断し、順応していくだけで精一杯で、
置き去りにした「自己意識」が悲鳴を上げる度に、
抑え込み、思い込み、忘れてしまいたくて。


皆の言う「自己否定」とは、少し違ったかな。



今は、何だろう、本当に、『自由』なんだ。
何だって「自分のために」なっていくんだ。
毎日生きている、ただそれだけがこんなにも、
充実して、癒されて、還って、また向かい合える。


何だろうね、コレ。
皆の見ている景色に、少しは近付いたかな?


「自己寛解」だと、聞いたんだ。
俺のコレは、「自己寛解だ」と。


薬も、医者も、使わなかった。
ただ其処に居る人々に救われて、此処まで来れた。
恵まれて、いたんだと本当に思う。


ちゃんと生きよう。
自分の思うモノを、自分のために大事にしよう。
「自己世界」を、貫いていければ、出来る事だらけ。
ねぇ、もう「違う」と嗤われても、多分、出来る。


周囲が言うなりに「自己世界」を閉ざしたあの時の、
何とも言えない空虚な自分には戻れないんだ。
生きていても、死んだみたいな毎日だった。
「笑っている顔」だけが、救いだったんだ。



今は、もう。
どうでもいい、と思えるようになったよ。
「幸せであれば、それがいいよね。」と、思える。
ある意味、「正しい距離感」が解るようになってきた。



だから、触らないでくれ。
ちゃんと生きているんだから、泣かないでくれよ。
お前らが、そうしたんだろう?
お前らが「違う」と言ったんじゃないか。


お願いだからその手を離してくれないか。
俺は「大事にしたいモノだけを」大事にしたいんだ。



そしてそれはお前じゃないよ。ごめんね。