森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

真夜中に『ふたりごと』。


ねぇ、ほら。
たくさん眺めて見えるのはさ。


皆、みんなさ、
「ちゃんと知ってる」んだよ。


ちゃんと「想い」も「思い」も、「その重さ」も。


ちゃんと「知って」、ちゃんと「解ってる」んだ。



なら、そうなら何で。
「認めて」、「受け入れて」、「大事にしない」の?


何でそれを「相手任せにしようとする」の?



「解って」いて、「知ってる」クセに、
肝心な事は「相手に任せて」「知らないフリ」をするのか?



目の前に、誰が居ると思う?
その人は、貴方や貴女に、何をくれると思う?
もし、突然にその人が居なくなってしまえば、
貴方や貴女の、その「奥にある想い」はもう、伝わらない。



どれだけ『行動』をしたとしても、
どれだけ『見ないフリ』をしてあげたとしても、
どれだけ『愛して』いたとしても、
どれだけ『傷を隠し通そうと』したとしても、


それらは、伝わらないまま、霧散してしまうよ。
その時に、それらの全てを、
誰が認めてくれると思う?
誰が赦してくれると思う?


誰?誰も居ないだろ?もう、傍らには、ほら。
目の前で笑う、「その人」しか、居ないんだよ?


それが出来るのは、「その人」だけなんだ。



素直になると良いんじゃないのかな。
貴方や、貴女が、「選んだその人」に、
「自分がそう想っている事」を、伝えれば良いんじゃないか?



些細な事も、ほんの一瞬の事も。
「自分は貴方と、貴女と、共に在りたいんだ」と。



あぁ、違うのか。


「共に在る事は、アタリマエ」になっているのか?
「自然に傍らに在り続ける事が、自然に出来る相手」だと?
そう「信じている」から「敢えて伝えない」の?



嘘だろ、嘘つくなよ。


じゃあもし、「それが嘘」になる日が来たら?
「ホントウ」が、「嘘」になるとしたら、、?
それでも、貴方や貴女は、笑っているの?
「傍らに居た筈の人が、何も、知らないで居る」事に、
笑いながら耐えられると言うのか?


本当に、、?




なぁ、姉貴。
俺には解らないんだよ。


何故「伝えない愛」が、「ホントウ」だと笑う人が居るのか。



伝えなきゃ、「知らない」だろう?
「後から知る」なんて耐えられないじゃないか。
もし、その人が「どれだけ自分を想っていたか」という事を、
「後から知る」って、どんな気持ちになると思う?


だから、「傍らに居てくれる」事に、
胡座をかいちゃいけないんだと思うんだよ。
俺はだから、しつこいくらいに、
「傍に居てくれて有り難う」って言うんだよ。


そして、その人を守れるような人間になろうって、
しっかり支えられるように、自律したいって、思うんだよ。
馬鹿みたいに、人参目の前に吊るされた馬みたいにさ(笑)
走ろうと、すんだよ。



なぁ、そんでしっかり我が子を、
群から独り立ちさせようと背を押すんだよ。
しっかり歩いて行ける人間になれるように、
下らない事でも、一緒になって笑い合うんだよ。



なぁ、愛してるよ。愛してるんだよ。
これは全て「自分の為であり、相手が居るから想う事」だよ。
「愛されたい」んじゃない。
「愛したい」から、「傍に居て欲しい」んだよ。




みんなさ、皆もさ。


「愛されたい」から「傍に置いてるだけ」じゃないだろう?
「愛したい」から、「傍に居てくれなきゃ困る」んだろうよ。
なら、素直になると良いのにね。
そしたらきっと、「自分の立ち位置」でさえ、明確に見えてきたりする事もあるんじゃないのかな。




ね。
姉貴。


傍に居てくれよ。
人参ぶら下げて、俺を操作してよ。(笑)
貴女が笑って、俺も笑って、話して、繋がって。
そいで二人で「周りを幸せに」出来ればいい。


狭い世界でも構わない。
先ずは我が子と、ヤツを、しっかり見据えて。


出来る事を、やっていけば良いんだよ。
貴女は、多分それを見ていてくれる筈だから。
終わりが来るその時まで、きっと。



そうして「共に」生きてくれる筈だから。