森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

鎧。

さてさて。
本日のBGMは「Sonata arctica」の「silence」。
このアルバムから好きになりました。当時のギタリストがメチャクチャカッコ良くて、ヴォーカルも素晴らしく。
ドラムさんに至っては、「脚どーなってんの?」と。←


今ではギタリストは在籍しておりませんが、その当時は自分の中の「速弾きの定義」が塗り替えられてしまいましたね。
ヤニやん、ナイスっす。




本題行きます。


「鎧」論。


相方と話していると、不思議に思う事がありまして。
ヤツは、「鎧を着た(対外的に取り繕った自分)状態で、家族に接するクセ」が付いてる気がしたんです。
自分の母親にも、「良い息子」でいようとしているし、周りの人からも「良い人、優しい人」として接するんですね。
勿論、自分や娘相手にも、もれなく。


「本音」が言えない。



何故かな、と訊ねた事があるんですが、「そんな事ないよ。」と涼しげな顔?で流そうとします。
なので、「疲れませんかぃ?」と訊いてみると、
「疲れるよ、疲れるけど仕方がないんだよ。」と言います。
「鎧着たままなら、そら疲れるでしょうよ、家に帰った時くらい、脱いだら良いのに」とコチラが言うと、


「脱ぎ方が、解らないんだよねぇ。」と。


「ずっとそのまま生きているから、鎧がいつの間にか『本当の自分』のつもりで居たのかも知れないね。」と。



なら、ヤツはいつ「本質の自分」をレベルアップするんだろう、と思ったので、色々話をしました。
そしたら、出るわ出るわ本心が。
『千と千尋の神隠し』の『坊』でした。←


その『坊』のままのヤツは、対外に溶け込めるように馴染めるようにと、一生懸命「鎧」を作り続け、それを着て、やり過ごしているうちに、いつの間にか、「鎧の自分」が「本質の自分」だと思い込むようになっていったんです。


「鎧は、あくまで鎧であって本質ではないよ」と話しました。




これは、ヤツを否定しているのではなく、このままでは、娘とも自分とも、親とでさえも、「腹を割った話」が出来なくなってしまうじゃないか、と。
「鎧」を「脱いで」、「話が出来る相手」が「家族」だと。
少なくとも、自分はそう信じています。
そうでなくては、「群」の意味を為さない。
『各々の家庭は、一つの群である』というのが、自分の父親の教えの一つなので、自分はそう育ってきました。



『人間もな、動物なんや。産まれ育った群から独り立ちしたら、それぞれ自分の群を作って、しっかり守っていけ。』


この教えのまま、その当時の自分の家族を見ると、「自分と娘」少し離れて「相方」という位置付けでした。
当然、娘は相方に心を開いて話も出来ないし、相方も娘と距離を保ったまま、「父親目線」で娘を批判します。
相方は、「それが普通でしょ?」と言いました。


自分には全く、理解が出来ませんでした。


「何の為の家族なんだ」と詰め寄った事があります。
「娘には、父親は一人しか居ないんだよ」と。
「仕事してお金だけ運んでくるだけの人としてしか、娘に思われなくなってしまうよ」と。


相方は、「それでもいいよ。」と言いました。
「そう思うなら、そう思えばいいよ、別に。」と。
完全に拗ねてるんですよね、コレ。
絶対に「それでもいい」ワケないんです。
現に娘と自分とが色々話したり笑ったりしてる時は、チラチラこっちを盗み見してくるんですよね。


「入りたい」って、言えば良いのに。
「コチラが手招きしなければ入れない」のでは、「コチラに甘えている」のと同義なんですよね。
コチラが「察する」のを期待するのは、些か卑怯だと思います。エスパー能力は持ち合わせていないです。←


『坊』が全然育ってないんですよね。
これは一大事なんですよ、気付いてもらわないと、老後、「鎧」が必要無くなった時には、「坊」がどうなるか。


多分『孫を無駄に独占しようとする爺』になるんですよ。
自分の虚無感を、孫をオモチャにする事で埋めようとすると思います。
その際、「娘との距離感」が開き過ぎていたら、、、?



娘からしたら、たまったモンじゃないですよ。
「子供の時には見向きもしてくれなかったのに、今更、しかも孫の事ばっかり」ってなりますよね。
もし娘が、「結婚しない」という選択肢を取ろうモンなら、相方は激昂すると思います。
「女の子なんだから、結婚して子供産まないと~」なんて言う事間違いないね、です。



なので、相方に話しました。


「鎧は、貴方が今までの人生かけて作ってきた作品なので、その鎧の良し悪しは貴方にしか解らないから、何かを言うつもりはないけど、せめて、うちら家族と居る間はなるべく、脱げるようにしてくれよ。」と。
「まずは、『鎧を着たままなんだ』と自覚してくれ。」と。


『他の人は知らんが、うちら家族は、貴方が「坊のままの姿」を見せてくれるのが、有難いんやで。』と。


失望される事を怖れて、本質の自分が出せない、なんてのは、対外的にそうであっても、家族でそれは寂しいですよ。
縁あって、一緒に居るのなら、尚更。
撥ね付けたりはしたくないです。
諌める事は『お互いに』あっても、決して一方的にはなりたくないから、『話がしっかり出来る』相手でなければ。



しかしながら、長い時間、鎧を着っぱなしな相方なので、錆び付いてなかなか脱げないみたいですが、でも、少しずつ、『本質の自分』を見せてくれるようになりました。
そうしたらば、娘も、これまた少しずつですが、相方と少しずつ「打ち解けよう」と、話をするようになりました。
良かった。


ちゃんと「群」になれると良いなぁ。
何故か自分がリーダーになってんだけど。←
本当は「オス」の役目だろうよ、と言うと、
『ママほど強いオスにはなれないよ、あのお義父さん譲りだしね』なんて返されてしまうんで、困ったモンです。



でも、『家族』って、良いんです。
自分の家は「父子家庭」でしたが、苦しくはなかったです。
たくさん用事を言いつけられたり、殴られたり、捨てられたり、自分の時間なんてあんまり無かったけど、
でも、それでも、「笑っている時があった」から。
その時はちゃんと、幸せだったんですよね。



ちなみに、自分の「鎧」は、精々「ぬののふく」くらいです。
鎧を作る時間が無さ過ぎて、『逃げる』コマンド連打しまくるだけの、つまらない人間です。←
なので、宿屋を管理するくらいの能力しかありません。
でも、その宿で回復して、また、『頑張ろう』と思ってくれる二人が居ますので、有難いです。


いずれ、自分も、「ぬののふく」を「鎧」に代えなければならない日が来ても、ちゃんと、「鎧」と自覚しながら、
『本質の自分』を見失う事なく、頑張りたいなぁ。



「釜爺」が、理想かな。←



注・これは完全にトンデモ持論の一つなので、失笑モノであるのは承知しております。


また次回。