森羅万象退屈至極。

やっぱり書きたい。

赦されたい。と思う気持ち。

実家には昔から、犬がいました。
父親の趣味?で、ドーベルマンでした。
自分が産まれる前に一頭(一匹って言えないデカさ)、その後に一頭(本当にデカいのマジで怖いの)。


その、後から来た一頭、のお話。




もうね、デカいんです。吠える声も何もかも。
子供の頃は、あの大きな声が怖くて、傍を通る時は耳を塞いでいないと、心臓が破裂しそうでね。(大きな音キライ)
なのに、父親に、その小屋っていうかガレージを犬用に作り替えた広い場所の掃除と餌の用意を任されて。


これが1日の内で一番の苦行だったかも。←



小学生程度の背の高さだと、丁度犬の口の辺りに自分の顔が来るくらいの大きな犬だったので、小屋掃除の最中とか、いつか食い殺されるんでないのか、と本当に恐怖でした。
そして餌用の箱なんて炊飯器の中のヤツ使ってたんですけど、噛み痕が半端無い!ボロッボロ。←
自分もいつかああなると思ってました。


掃除はデッキブラシ、
コンクリートをゴシゴシガシガシと擦り倒して。
その間ヤツは、ガレージのシャッターの向こうを通る通行人に向かって吠えまくるので、耳を塞ぎながらデッキブラシをどう使おうかと、途方に暮れたモノです。




ある日父親に、その恐怖を必死になって伝えてみたんですが、
「アイツは賢いで、そんな事せえへんわ。」
なんて笑うばっかりで、聞いてもくれなくて。
泣こうが何を言おうが、「はよ行ってこい!」って。
号泣しながら、ガレージへ行って。
「声出せや。喋ったらアイツも解りよるさかい。」っていう父親の言葉を信じて、必死で話しかけてました。←
多分父親は違う意味で言ったのかも知れない。?




でもそれも、続けていくと、向こうも慣れてくれたのか、ちゃんと言う事を聞いてくれるようになりました。
家の事情で、「友達と遊びに行ったり来てもらったり」を禁止されていた自分にとっては、ある意味話し相手みたいになっていきましたね。一方通行ではありますし、ヤツにとっては迷惑千万だっただろうとは思いますが。


いつしかガレージに掃除に行く時間が楽しみになりました。
大きな声は、相変わらず怖かったけどね。←




そんなヤツにも、お別れの時が来てしまって。
父親はああいう人だったので、動物病院とか(その当時あったんですかね?)連れて行かない派の人で、死因とかは何も解らなかったんですが、掃除も餌も自分が任されていたので、自分の責任だと叱られました。
お正月の時だったかな。


皆の年賀状を取りにポストに行って、ヤツに、
「今日めっちゃ寒いな!雪やで!後で来るさかいな!」
って声をかけましたが、ガレージは静かで。
「寝てるんかな」とか思っていて、気にしてませんでした。


後でガレージに来て、冷たくなったヤツを見て、そこからはあんまり記憶にありません。
ただ、ヤツの亡骸を、トラックの後ろに積んで、父親と弟と一緒に畑に埋めに行って。


「こんなところ入ったら、マーサー寒いやん。」
って、鼻血拭きながら思っていたのは覚えています。
「お前も一緒に入ったれや。」と父親が、真っ赤な目をして言うので、本当に入ろうとしたら、止められて。
「コイツはもう死んだんや!生きてるお前が入る場所ちゃうねん!」って、頭叩かれて。


マーサーに泣きながら謝り続けました。
「こんなトコ入るんは、自分のせいや。」って思って、それから毎日、学校帰りは畑に寄って、話しかけに行きました。
花置いたり、給食のパンとかお供えしたり。


昭和の自営業なので、お小遣いとかもらえないので、何も買えなかったので、給食ぐらいしか思い付かなくて。
家に帰りたくなかったなぁ。
ずっと、そこに居て、おばあちゃんがわざわざ車イスで呼びに来てくれて、夜父親に叱られてました。


家の中では、自分が殺したと言われていたので、ずっとそう思っていたので、作文に、書きました。
「マーサーごめんなさい」って、タイトルだったかな。




先生が、泣いちゃって。
後で呼び出しされて、職員室で、抱きしめられました。
「アナタは悪くないの。頑張ったのよ。」
「悪くないの、悪くないわ。」
って。ずっと言われました。


記憶にないだけかも知れませんが、当時は母親にも、おばあちゃんにも、そうされた事が無かったので、先生がぎゅーっと抱きしめてくれる意味が解らず、棒立ち状態で、されるがままでしたが、


「悪くないのよ、頑張ったのよ、ただ頑張ったのよ。」


と呪文のように繰り返されていたら、
何だかぶわぁーっと、泣けてきて。
情けない話ですが、しゃくりあげて泣いてました。



それまでの泣き方は、歯を食い縛って泣くみたいに泣いていたのですが、あの時は、ヒェッヒェッ言いながら。←
しばらく一緒に泣いて、落ち着いてからの帰り、またマーサーに報告に行きました。
何となくですが、胸の支えがとれたみたいで、スッキリしてた気がします。





今思い返すと、あれは、「赦し」だったんですね


「許し」ではなく、「赦し」。





今回、お騒がせしてしまった件で、自分が尊敬している方に、
「アナタはアナタで良いですよ。」
と言ってもらう事で、自分が楽になれたのは、
多分、「赦されたい」という思いがあったからかと思います。


たくさん、苦しい経験を乗り越えて来られた方の言葉は、
時に厳しい時もあり、同時に、何よりも「真っ直ぐ」です。
とても真剣だし、とても、誠実でありました。
少なくとも、自分にとっては。


あの時の先生と同じ、言葉の温度のある、「赦し」でした。





ただ打ち明けて、「許される」のとは違います。
それは、「状況」を許されただけですから、やっぱり、響いてくるものが、断然違うのです。
「弱くて良いんだ」「間違えてしまった自分でも、それを認めてもらえる人が居るんだ」「頑張って来たんだよ、と、そう思っても良いんだ」、、、


「自己暗示」でも、全然構わないと思います。
自分の場合は、その言葉をいただいてからは、楽になりました。




尊敬している方に、方々に笑われないように生きたい。
自分に守れるものを、守って生きていきたい。
中途半端な人間でも、「だから」、出来る事はあります。


デカい事はやりませんし、出来ませんが。
それでも、目の前の家族を笑わせてやる事は、「自分にしか」出来ないので。
頑張ろう、と思えるのです。




「自分にしか、出来ない事もある」んです。




しかして。
自分もいつか、誰かを「赦せる」ような、そんな人間になりたいものです。本当に毎日、勉強ですね。


先ずは、こんな夜更かししている自分にドロップキック。←





また次回。




ああそうだ。
自分、凄くハナが利くんですよ、相方にも犬呼ばわりされます。
その度に、


「当たり前やんけ。マーサー後ろにおんねやさかい。」


と、返しております。←
いつも、ありがとな。マーサー。